2008年09月14日

セッション

「非常に強い台風」から「強い台風」へと
沖縄の台風13号は変化しました・・・みたいなニュースを

FMラジオの女性アナウンサーが抑揚をおさえた声でお知らせしている。

9時AMの時報。テーブル上の小さな時計は狂って役に立たない。

パソコンのモニターの右下、小さな時刻を表示するデジタル文字と
FMラジオの時報が微妙な誤差でセッションした。

冷蔵庫からはむずがっている子供のような音が聞こえる。

開けてみるが、何と何が共鳴しているかは不明。

安いビール、インスタントの味噌汁、コチュジャン、ツナ缶

冷えピタシートほか、あとはずいぶん前に買ったグレープフルーツ。

今日から新しくblogを開設した。

以前書いたものを少しこちらにも混在させておこうかと思い

先月の7日、誕生日に書いた記録などもセッションさせてみます。

末永くよろしくお願いしますシーサーさま

このblogが幸せに進化しますように。


8/7の記録

12年を3周して、この日はついに36回目の誕生日を迎えたのだった。

さしたる感慨はないなぁ、でもね歳を重ねる度に程よく力が抜けていく感じが気分いいんです。

ワインを飲んで軽く酔った。

Jazzのセッションみたいに、新しい発見と

驚きが溢れている。

じわじわと感激できるメッセージに、酔いが回るのが早かった。




この日、赤塚不二夫の葬儀・告別式があって

タモリの弔辞が凄い
と、いろんな人がmixiやblogで書き込みしているのを知った。

素敵だと思う場面を見つけて、それについてのコメントをいろんな人がmixiやblogで発信している。(すぐにYOUTUBEにも映像がアップされる。)

そのありようがこの現代の魔法であり、きちんと受け止めることのできる年齢を重ねている現在にささやかな喜びを感じる。

タモリが読んだ弔辞の締めくくりの言葉はこうだ。

「私もあなたの数多くの作品の一つです。合掌。平成20年8月7日、森田一義」



全文を読んで、YOUTUBEを見た。その空気感、リズムに、確かに心震わせるものがあった。

タモリと赤塚不二夫の密接な関係は有名で

そこに漂う《一生を遊び倒してやるぞ》的な気概と、垣間見える知性が、たまらなくカッコイイ。



「赤塚不二夫がきた。あれが赤塚不二夫だ 私を見ている。」

この辺りを読む、感情を殺した抑揚のないリズム


手に持った紙を読みながら、時折視線を宙空に泳がせるタモリ。


約八分間に及ぶスペシャルな弔辞だったが

どうも読み上げていたのは《白紙》ではないかと言われている。


してやられた。《勧進帳》じゃないか!

芸人でありJazzマンであるタモリ一世一代の

恩師、赤塚不二夫にたいするセッションだ。


「あなたは今この会場のどこか片隅で、ちょっと高い所から、あぐらをかいて、ひじを付き、ニコニコと眺めていることでしょう。

そして私に「おまえもお笑いやってるなら弔辞で笑わしてみろ」と言ってるに違いありません。

あなたにとって死も1つのギャグなのかもしれません。」


赤塚不二夫が少し宙空で見ている、それに対しての渾身のメッセージ。

それをタモリはメタ的に見ている。

不二夫ちゃん、どうだい。

「私もあなたの数多くの作品の一つです。」


(いろいろと深読みしながら)

YOUTUBEにたくさんあるタモリ倶楽部の映像とか、

徹子の部屋で披露された密室芸を久々に見た。


2008-08-09 09:11:32
画像、新しく仲間入した《渡辺工房》のハンドクラフトの腕時計。

歳をとる喜びをたくさん見つけている毎日。




posted by I.Yanase at 09:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

打ちながら考えること

秋の涼しげな休日の朝は、キーボードを打つ指がかろやか。

FMラジオを流しながら、さわやかな気持ち

(借りっぱなしのアダルト系DVDがPCには突き刺さったまま。)

半ば思いつき、半ば明確な意思をもってSeesaaにblogを開設した。

打ちながらものすごくいろんな思考ができる今の状態が楽しい。

Seesaa久々ですが、とっても使いやすい。


いろいろなところに書き散らした雑文をこの機会に整理して

しみじみ読んでいると、季節ごとに独特のトーンがあることに気づく。

1年あると自分の周辺が驚くほど変化している。

記録というのはクールになされていても、それを取り巻くもろもろは
ホットな息遣いだったのだと思い知らされる。

写真よりも言葉のほうが、より温度を伴った記憶の息遣い。


外は雨、あと1本日記らしきものを書いたら、近所のampmで西日本新聞と日経新聞買って、コーヒー入れて少しのんびりしようか

福岡では放生会というお祭りが始まった。見世物小屋とか来てるね。

9月はアジアマンス、アジア映画祭、今年は何本見られるかな。

今夜はこれも近所のライブハウスへ

知人のオジサン的バンドの演奏を聴きに行こうかと思っている。

朝飯は何食べよう。とりあえず、あと日記1本書こう。











posted by I.Yanase at 08:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

猫がそこにいた話

去年の話、猫の話


久々に実家に帰り、昔からの自分の部屋で寝た。


雨の音に紛れて、猫の声が聞こえたような気がした。

そういえば母さんが言っていた


「大きな猫がね、窓にへばりついて

部屋に必死で入りたがっているのよ

なんでか分からないんだけどここ数日、毎日のように

大きな猫がね・・。」


その光景を想像した。


深夜



猫がかぼそい声で“にゃぁ”と鳴いた


あまりにリアルな声で目が覚めた


大きな猫が部屋に入りたがっている姿を想像しながら

浅い眠りについた。



翌日の話


母から何か驚いたような、うれしそうな声で

電話がかかってきた。


「あの猫の行動のワケが分かったわよ」

にやり(電話の向こう側でおそらく)とした顔で


「あんたの部屋から、猫の声が聞こえてきたのよ

不思議に思って調べてみたらソファーの奥の隙間に


“生まれたての子猫が4匹”いたの。


びっくりしたけど、あの大きな猫が

必死に入ろうとしてた理由が分かったのよ


思うに、母猫は、お風呂の窓の隙間から入って

ひとけがなくて安全な、あんたの部屋で出産したのね

産み落として外に出たあと私が窓閉めちゃったから

子猫と離れ離れになったのよね


それで

すぐにね、子猫たちを外に出してあげたらさ


匂いで分かるのね

あの大きな猫がすぐにやってきて

いとおしそうに子猫を舐めてあげるのよ

優しい顔してた。母性ってスゴいわよね〜」

と少し興奮気味。


夢ではなかった。


僕はあの夜

4匹の子猫と同じ空間を共有したのだ

そのファンタジックな夜を想像した


胸の深いところから、なんとなく暖かい気持ちになった。

posted by I.Yanase at 08:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

言葉だけで引き寄せる花鳥風月

ジャンルを「気象」にしたものの、少しニュアンス違います。

去年の同じ時期の日記を読んでみると

「この時期にしては殺人的な暑さですね。

昼は歩けば歩くほどどうも頭がうにうにしてくる。」とある。

今年は涼しくなったのがだいぶ早かったので

やや汗ばむくらいです。ここ数日曇り空。


そんな記録を残しておくとなにかとそのときの周辺の記憶がよみがえる。

誰しも天気には抗えないので、置かれた状況を楽しむのがよい。

「別に天地あり、人間にあらず(李白)」


真夏のうだるような暑い日々を

“ドッグデイズ”というらしい

それでは秋のきまぐれな日々は

“キャットデイズ”とでもいうのだろうか?


木曜日の“早朝会議”をやってから1年がたった
(これも1年前の日記を読んで気づいた)


こんなことも去年書いていたらしい



人間がいようといまいと天地は存在してる


花鳥風月を思えば視界が開ける


実際は、ビルに邪魔されて見えなかったのだけど

Mさんのメールに

「きれいな半月です。」とあって

その言葉で自然を感じた。


言葉だけで花鳥風月を引き寄せることもできるのだ。
posted by I.Yanase at 08:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

すぐれた場所へ旅する理由

“景気”というのは経済用語などではなく

“景色”の持っているスピリットやエネルギーのことで

“風景”とは“景気”の強い

すぐれた場所のことを差すのだそうだ。

景気の強い場所を感じる欲望は人間の根源的な欲求なのです。




小学生の時“旅行計画クラブ”という

不思議な必修クラブに入っていた。

名前のとおりただひたすら旅行を“計画”する(だけ)のだ。


鉛筆と紙と時刻表と想像力だけで

40分かけて綿密な旅行日程を組み立てる(ただそれだけ)

恐ろしくバーチャルなクラブだったな。

今考えるとかなりクリエイティビティ溢れた活動だった気もする。


そんなワケで

今でも時刻表を片手に旅行の計画(だけ)を肴に酒が飲める。

“交通新聞社発行”の時刻表ヤツがお気に入り。

変わったのは“計画”を自分の意志で実行できることですかね。


今年は春から《仙台》《鹿児島》《宮崎》《北海道》そして《福岡》の野外フェスを行脚し

自分史上最多の刺激を体に取り込んだ。

あまりの刺激の後には、少し水面下にもぐりたくなる。

基本的に地味に引きこもりの生活が好きな人間です。

でもすぐに自分的アグレッシブの虫が顔を出す。

いろんな人からいろんなオファーをいただいて、一気に外の空気を吸った。

季節は秋だ。野外の熱は冷めないが、音楽の刺激は少し置いといて《演劇》を見たい。

それで、来月は《琵琶湖》に行くことにした。


琵琶湖+水上舞台のものすごいステージが10月にある。


そう、大阪の《維新派》の野外舞台です。


びわ湖水上舞台「呼吸機械」公演
ずっと見たかった維新派の野外劇、これを逃したらしばらく見る機会もなさそうだし

野外フェス的祝祭の匂いがぷんぷんしながらもアングラだし

屋台村も出るらしいし、週末の久々の関西小旅行を兼ねて行けるし

お酒とか飲んだら気持ちよさそうですし

晴れても雨でも刺激的な気がする。

さらに、海外でも評価の高い白塗りコンテンポラリーつながりで

毎年必ず見ている《山海塾》を北九州で見ることになってるし。

さっき思いつきで琵琶湖行きを決めたら、明日の仕事の問題を解決することがさしたる問題じゃないような気がしてくる。

どっちにしても明日は来るし、この問題をクリアして《山海塾》と《維新派》を立て続けに見るのだ。

そんな機会はなかなか巡ってこないから、今年の秋は新しい風が吹いているらしい。








posted by I.Yanase at 08:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

秋の挨拶

秋はいい、やっぱり、何かがすんなり吸収される季節なのだ。


目に見えるものも見えないものも自分の中に取り込んでしまえば


自分の中でリミックスされるのですよ。


見えないものは意識しないと気付かないけど

気付かないものは気付かない内に自分の肥やしになってたりすることがあるからあなどれない



「目に見えない世界があるのは間違いない。

問題はそれがミッドタウンからどれくらい離れたところにあって

何時になったらオープンするかということだ

(ウッディ・アレン)」



目に見えないものも含めて

編集されてふとした瞬間に新しい形で出力される

その瞬間をつかまえたらこっちのものです。

2009年9月曇り空の福岡市中央区今泉のマンションにて。

沖縄には台風が来ている模様です。


posted by I.Yanase at 08:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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